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ウジイユタカ

【ユタカの部屋 布川寛人氏】

【インタビュー】130年の伝統を「笑い」と「覚悟」でつなぐ。松月堂布川・6代目の挑戦

 

 

 

1. お坊さんからジャズ奏者へ? 異色の家系図

 

ーーまずはお名前と、お店の背景について教えてください。

布川寛人氏(以下、布川): 松月堂布川、6代目店主の布川寛人と申します。よく「佐藤健に似ている」なんて言われますが(笑)、最近は香取慎吾さんと身長が一緒だということで、自称・香取慎吾で通しています。

ーー(笑)。創業は明治だそうですが、どのような始まりだったのでしょうか?

布川: 明治22年(1889年)創業です。初代は実は大石田にある乗船寺というお寺のお坊さんだったんですよ。ただ「お坊さんだけでは食えない」ということで、檀家さんの土地だったこの地に来て、お砂糖を使ったお供え物などを作り始めたのがスタートだと聞いています。

ーーお坊さんからお菓子屋さんへ! それは意外なスタートですね。

布川: その後も波乱万丈でして。私の祖父(4代目)の孝太郎は、戦後、軍楽隊を経て東京でジャズ奏者として生計を立てていたんです。あの笠置シズ子さんのバックバンドも務めていたそうですよ。

でも、村山の実家の土地が人手に渡りそうになり、「帰ってこい」と。1年のつもりがそのままお菓子の修行に入り、家業を守ることになった。そんな流れがあって、今に続いています。


2. 「自衛隊」と「IT営業」が僕の基軸を作った

 

ーー布川さんご自身は、最初から跡を継ごうと思われていたのですか?

布川: いいえ、全く(笑)。子供の頃は商店街が衰退していく時期で、正直商売に対して後ろめたさすらありました。高校は商業科に行きましたが、親父からは「俺の代で潰すから継がなくていい」と言われて。

それで「好きなことをしよう」と、自衛隊に入隊しました。4年間、飛行機の整備に従事したんですが、この経験が今の僕の基軸になっています。

ーー自衛隊での経験が、お菓子作りに?

布川: ネジ1本の締め具合で、パイロットの命が飛ぶ世界です。その凄まじいストレスと責任感の中で過ごした4年間は、今の仕事の「丁寧さ」に繋がっています。

その後、スーツを着たいという安直な理由でIT企業の営業職に転職しました。でも、母の体調不良をきっかけに実家へ戻ることになり、20年前に本格的にお菓子の道に入りました。


3. 秋葉原で受けた「啓示」と、1日300個売れるアップルパイ

 

ーー帰郷してお店に入った時、どのような状況でしたか?

布川: 街全体に言い表せない不安が漂っていました。店も売り上げは底で、借金も相当ありましたね。でも親父は外に出てまちづくり等の活動をするのが好きで、店はガラガラ(笑)。

そこで、山形市のフランス菓子店「ミッシェル」での修行経験を活かして、新しいケーキを出し始めました。最初は好評でしたが、数年でまた壁にぶち当たった。その時、東京・秋葉原で「啓示」を受けたんです。

ーー秋葉原で、一体何があったのですか?

布川: 物産展の帰りに偶然迷い込んだ秋葉原。そこで見た圧倒的な人の数、そして大好きなアニメの大きな広告パネル。その瞬間「ここに戻ってきたい! 秋葉原で仕事がしたい!」と強く思っちゃったんです。

そこから必死に電話して、秋葉原のお土産屋さんに商品を置かせてもらい、SNS(旧Twitter)で発信を始めました。すると、ものすごい勢いで情報が広がっていった。

ーーそれが今の「催事(物産展)」への注力に繋がっているのですね。

布川: はい。百貨店の催事では当初、1日2万円しか売れない日もありました。でも、アップルパイの価格を「安すぎた」と気づいて思い切って上げたり、自分自身がキャラクターになって店頭に立ったりすることで、今では日本橋高島屋などで1日300個以上焼くほどの人気商品になりました。

―― 東京に店を出そうとは?

布川:考えました。でも、違うなと。山形だから売れる。村山にいるから、僕の菓子は意味を持つ。

山形県単独の物産展が60年以上続いているって、すごいことなんです。
北海道、京都、山形。この3つだけなんですよ。

素材も、人も、誇れるものが山形にはある。


4. 「お菓子があれば、犯罪は減る」ーー6代目が抱く使命

 

―― おすすめ商品は?

布川:一番のおすすめは僕です。スマイル200円です(笑)。でも半分本気です。

ーー布川さんがお菓子作りで一番大切にしていることは何ですか?

布川: 僕は、世の中で起こる事件の8割はお菓子屋の責任だと思っているんです。

ーーそれは、どういう意味でしょうか?

布川: 温かい家庭にお菓子があって、みんなでそれを囲んで笑い合う時間があれば、きっと心は荒まない。犯罪者になってしまった人の家にお菓子があれば、何かが変わっていたかもしれない……そんな論理を教えてくれた師匠がいます。

だから、僕はお菓子を売るだけでなく「自分自身を売り込んで、笑顔を届けること」を使命だと思っています。

ーー最後に、これからの展望を教えてください。

布川: 今の目標は、次の世代にこのバトンをしっかり繋ぐことです。それと、村山市の魅力を発信し続けること。

東京に行くと、改めて「山形ブランド」の凄さを痛感します。1頭買いの牛肉をさばき、地元のリンゴを使い、自分たちの手で直接届ける。この泥臭くて力強い「山形県人の生き方」こそが、最高の価値なんです。

これからも、キッチントレーラーや催事、そしてこの村山の店で、僕の「スマイル(原価かかってます!)」と一緒にお菓子を届けていきたいですね。


【編集後記:読者のみなさまへ】

 

「松月堂布川」のアップルパイは、単なるスイーツではなく、店主・布川さんの熱い人生そのものが詰まった一品です。

  • 店舗: 山形県村山市楯岡十日町9-1

  • おすすめ: 紅玉リンゴのアップルパイ、焼きチョコ

お近くにお越しの際は、ぜひ6代目の「スマイル」と絶品スイーツに会いに行ってみてください!

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